2006年04月02日

「欝」を逃げ道的理由に使った、悪質極まる犯罪だ!(川崎少年殺害事件の容疑者について)

 川崎で9歳の少年が高層マンションから転落殺害された事件の容疑者が自首した件については、もうみなさんご存知だと思う。この事件、殺人の疑いが強いと報道された時点から、個人的に怒りを禁じ得なかったが、今朝の新聞に載っていた容疑者の供述内容を読んで、はっきり言って「怒る」どころの話ではなくなった。この容疑者の殺害動機を一言で言うと、「欝病だからやった」ということになるからだ!(少なくともこういう報道内容だと、普通の人はそう捉えるであろう)

 はっきり言ってこの容疑者は、「欝」であることを、呈のいい「いい訳」にしていると断ぜざるを得ない。殺人という大きな罪をしたことについて、「欝なのだから仕方ない」と言っているようにすら思えてしまう。少なくとも彼には、欝であることを減刑理由に仕立てあげたい、という確信犯的意図があると見ても、それほどうがった見方ではないだろう。

 個人的に心配なのは、いまだに欝などについて偏見がかなり残っている今の日本社会が、この事件の報道によって、更にそういった偏見を強めてしまうのではないか?ということである。私は高校以来、15年以上欝と付き合っているが、自殺願望こそたっぷりあるものの、誰かを殺したいだなんて思ったことはない(殺したい対象がいるなら、それは自分だ)。そして何の罪も関係もない、幼い少年を殺すなんていうのは、論外中の論外!欝自体、個人差が激しい病気なので一概には言えないが、少なくとも「欝を持っている」=「誰かを殺すような犯罪を犯しかねない」ということでは絶対ない!・・・しかし、この事件によってそういった「偏見」が更に増えるであろうことは、まず間違いないと思われる。

以前、新聞に載っていた欝についてのアンケート結果によると、欝の人の隣に住みたくないと思ってる人が3割以上もいたそうだ。日本がこれだけストレス社会になってしまって、大手の会社や学校にはカウンセラーが常駐しているような現実があるのに、いまだに欝のような「初歩的な」精神関係の病気にすら、まだまだ偏見が根強くあることの、象徴的な事例である。そんな状況の中で起きてしまったこの事件によって、私たちのような「少なくとも人を害したりしない」多くの欝病患者の肩身が狭くなることは確実である。そういう意味で、欝を殺害理由に仕立てあげている今回の容疑者は、そういった供述によって前述してきた偏見を助長させるという、更に犯罪的なことをしていると言っても過言ではない。本当にこの事件は、悲しい感情と怒りの感情を強く感じざるをえない出来事である。
posted by SocialDead at 11:21
| 雑記
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